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仙台地方裁判所 昭和41年(む)139号 決定

被疑者 丹野要治

決  定 〈被疑者氏名略〉

右被疑者に対する傷害および公務執行妨害被疑事件について、昭和四一年五月三〇日仙台地方裁判所裁判官佐藤歳二がなした勾留の裁判に対し、弁護人青木正芳、同斎藤忠昭から準抗告の申立があつたので、当裁判所は、検察官の意見をきいたうえ、次のとおり決定する。

主文

仙台地方裁判所裁判官が昭和四一年五月三〇日被疑者丹野要治に対してなした勾留の裁判を取り消す。

仙台地方検察庁検察官が同日同被疑者に対する傷害および公務執行妨害被疑事件についてなした勾留の請求を却下する。

理由

第一本件準抗告申立の趣旨および理由

別紙準抗告申立書記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  仙台地方検察庁検察官が、被疑者丹野要治に対する傷害および公務執行妨害被疑事件について、昭和四一年五月三〇日仙台地方裁判所裁判官に対し勾留請求をなしたところ、同日同裁判所佐藤歳二裁判官が、同被疑者に対し、刑事訴訟法第六〇条第一項第二号の事由により勾留の裁判をなしたことは、関係記録上明らかである。

二  検察官提出の資料によれば、同被疑者が、勾留請求のなされた被疑事実について、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることを十分に認めることができる。

三  そこで、同被疑者について同条第一項第二および第三号に該当する要件があるかどうかを、検察官提出の資料にもとづいて検討することとする。

(一)  罪証隠滅のおそれの有無

右資料によれば、本件被疑事実は被疑者の所属する動力車労組の仙台鉄道管理局に対する抗議行動の過程において発生したものであるが、事実そのものは単純な個人対個人の暴力行為にすぎないと見られるところ、右管理局側の目撃参考人らは多数存在し、警察官の取調べに対して詳細に目撃状況等を供述しており、これに続く検察官の取調べも極めて順調に進渉していることを認めることができ、かつ、その間被疑者ないし被疑者の所属する動力車労働組合仙台地方本部側が右各取調べを故意に妨害した形跡は、これを認めることができない。これらのことと、もともと管理局側と労働組合側とは利害相反する立場にあり、互に相手方の圧力等に対しては容易に屈しないであろうことを併せて考察すれば、今後、被疑者が、身体を拘束されない場合には、自らないし自己に同調する者と協力して、管理局側に属する右参考人らに対し、無理に罪証を隠滅すべく働きかけるであろう蓋然性は、極めて乏しいものと認められる。

つぎに、被疑者が、労働組合側の者らに対して、罪証を隠滅すべく働きかけることも考えられるが、その形跡を認めるに足りる資料も存在しない。もつとも、労働組合の幹部数名が、捜査当局の出頭要請に応じようとしないことは資料上明らかであるが、同人らは、被疑者の逮捕後においてもなお、被疑者と意思を通ずることなく右要請に応じようとしていないものであり、したがつて、同人らの右行動を被疑者の同人らに対する働きかけの結果と推測することはできない。さらに、被疑者の逮捕前に設置されたとされる「本件弾圧対策本部」の成立過程、特にその設置に際して被疑者の果した役割は全く不明であるうえに、右対策本部の実態ないしその真の意図も必ずしも明確でなく、したがつて、右対策本部が被疑者と通謀して罪証を隠滅すべく労働組合側の者らに働きかけるであろうと推認することも許されない。のみならず、管理局側の参考人らの捜査当局に対する供述等に徴すれば、捜査当局がその取調べを必要とすると主張する「組合幹部数名」が、本件発生時に被疑者の周辺にいたとしても、果して本件被疑事実を直接目撃していたかどうかは極めて疑問視されるところである。以上のところから、被疑者の労働組合内での地位、被疑者の所属する労働組合の性格、および、捜査開始後日数の浅いことを考慮しても、被疑者の身体の自由を拘束してまで、被疑者と労働組合側の者らとの接触をはばまなければならぬ必要性はこれを認めることができない。また、被疑者が捜査当局の取調べに対し黙秘していることは資料上明白であるが、他に被疑者において罪証隠滅を企てると認めるに足りる資料のない本件において、右黙秘の一事をもつて罪証隠滅のおそれがあると断定すべきでないことは多言を要しないところである。

結局、被疑者について、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものということはできない。

(二)  逃亡のおそれの有無

被疑者は、当年四八才の国鉄職員で、妻とともに肩書住居に定住し、かつ、前科前歴もなく、これらの事実と本件事犯の内容等に徴し、被疑者があえて逃亡を企てるものとは考えられない。

四  以上の次第であるから、本件被疑者には刑事訴訟法第六〇条第一項各号所定の事由があるとは認められないから、右被疑者に罪証隠滅のおそれがあるとしてなされた原裁判は失当であるといわなければならない。

よつて、本件準抗告の申立はその理由があるからこれを許容すべく、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項により、原裁判を取り消したうえ、仙台地方検察庁検察官がなした前記勾留請求を却下することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 佐々木次雄 和田保 渡部修)

準抗告申立書〈省略〉

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